So-net無料ブログ作成

フウセンカズラの種をゲット! [植物]

昨日(8/30)の暑さは一昨日の暑さに比べれば随分と優しい暑さでした。そんな一昨日との比較なんて何の意味もありませんが、でも、少し涼しいだけで嬉しくなるから不思議ですね。
昨日は下の娘の下請けの作品の撮影やプリントアウトに手間取り何となく散歩の機会を失いました。
ということでまたまた、フウセンカズラの話題です。
実は昨日も植物園に寄り道をして、ウロウロしているとフウセンカズラのあるところに!種が落ちていないかなと見まわすと茶色くなった袋状の果実が地面に、本当はだめなのですがその1つを開けて種が入っているのを確認して一袋分の3粒をいただいてきました。m(_ _)m
ということで可愛い黒地に白いハート模様の入った丸いタネいや猿の顔かな?の登場です。
このいただいてきた(勝手に)種を来年に植えてみたいと思います。(^_^)ニコニコ
フウセンカズラ-4(20170727).jpg フウセンカズラ-9(20170830).jpg フウセンカズラ-10(20170830).jpg フウセンカズラ-11(20170830).jpg
種の直径は3.5mmほどでした


い~やああ、今日で8月も終わりで明日からは9月ですね。
早くこの暑さから解放されたいです。
かなり、夏バテ気味です。午後の散歩の気力がありません。
嬉しいことに今朝は涼しい、いや、タオルケット一枚で寝ていると寒いくらいに感じました(^_^)ニコニコ

こんな無免許運転容疑の女性をだれが責めることが出来るだろか?
そんなニュースが新聞に掲載されていました。そのニュースとは
**********************************************************
京都府北部の山あいに住む70代の女性が無免許運転容疑で今春、逮捕、起訴された。免許を取ったことがないのに12年前、自家用車を買い、運転を続けてきた。車いすの母親を、数百メートル離れたバス停に送り迎えすることが体力的に難しくなったのがきっかけだった。
女性の家は、山あいに点在する集落の一角にある。周囲にはコンビニどころか自販機もない。
 12年前は、90代だった母と二人で暮らしていた。母は街の病院に毎週行かなければならない。しかし自分も既に60代。数百メートル離れたバス停への坂を、足が悪い母を乗せた車いすを押して上り下りするのが、次第にしんどくなっていった。
 「せめてバス停まで車があれば……」。悩んだ末、車の販売店に飛び込んだ。30代の頃、教習所に通ったことがある。
 「自分は悪いことをしている」。そう思いながら、「自宅とバス停の間を母を送り迎えする時だけ」と決めての運転だった。事故だけは起こせない。細心の注意を払った。訪ねてきた親戚と車で出かけるときも「運転して」と頼んだ。誰も自分が無免許だとは知らなかった。
 車に乗り始めて2年後、母が亡くなったが、今度は自分が高血圧や神経痛で病院に通わねばならなくなっていた。街に出るバスは週3日だけの運行で、タクシーだと往復5、6千円かかる。「通院のときだけ」と誓って、週に数回、病院や整体に車で赴いた。
 無免許運転の発覚は突然だった。今年4月の朝、いつものように病院に向かう途中、信号待ちをしていたところに、車が突っ込んできた。双方にけがはなかったが、駆けつけた警察官に免許証の提示を求められた。
 「こんなことを続けたらダメだとわかっていました。きっと天罰が下ったんです」。取材に対し、女性は自宅の板張りの玄関に正座し、涙を流して語った。12年間の走行距離は2万キロ台。遊びに使ったことは一度もない。
 「誰も頼る人がいなかった。車があるだけで安心できた」と繰り返した女性。逮捕翌日、釈放されるとすぐ車を処分した。9月には公判が控えている。今、出かけることはめっきり減った。
**********************************************************
というものです。
 人口が少ない地域では、公共交通の手段がないか、あっても限られることが多い。車は、とりわけ体力が弱ったお年寄りにとって、生活に不可欠な存在なのです。
免許を高齢者となったら返納せよといわれても、それは中々簡単なことではありませんよね。
確かに無免許で運転することはいけません。ただ。その一言で済まされることでもない気がします。
わが故郷の91歳の両親ともうすぐ70歳をむかえる兄貴の3人暮らし、車が無くては生活がままなりません。とても兄貴に免許を返納せよなどの無責任なことは言えません。
いえいえ、決して無免許を容認しているという訳ではありません、念のため!
何となく、田舎の両親と兄貴の顔が頭に浮かんだので取り上げてみました。


「今日は何の日」

31日(木) 仏滅 [旧暦七月十日]
【野菜の日】
1983年(昭和58年)に全国青果商業協同組合連合会が野菜の栄養価やおいしさを見直してもらおうと、「8(や)31(さい)」の語呂合わせから制定された。
nice!(7)  コメント(4) 

フウセンカズラ [花(夏)]

昨日(8/29)の暑さはこれまたひどいものでした。少しだけ涼しい日を味わった体には本当に堪える蒸し暑さになりました。気温の35℃は何とか我慢できるのですが、湿度の高さは本当に体力を奪いますね。
昨日の朝の仕事帰りの寄り道の植物園も森の中の日陰を選んで歩くということになってしまいました。
そうそう、昨日は一昨日の月曜から朝の地下鉄に小学生の軍団が戻ってきましたので、約1ヵ月前まで乗っていた1本早い電車に戻しました。たかが15分ですが、その電車は小学生の姿がまばらなのです。たぶん、学校からはあまり早く来ないようにと言われているのかも知れませんね。
今は大学の休みの関係で私の朝の仕事も少し遅く始まることから、電車を1本遅らせているのですが、普通の私の時間帯に戻すと、い~やあああ懐かしい顔、顔・・・顔が!思わず知らない人なのに挨拶をしそうになりました。向こうも、私を見て、あれ久しぶりにいるという顔で見ていました。今日も準備が間に合ったらその電車にしようかと思っております。近鉄電車を乗り換えて地下鉄でも懐かしい顔のオンパレードでした。皆さん大体同じ場所に座られいるので・・・

そんな昨日の蒸し暑さで午後は散歩をあきらめて、夏バテ気味の体を休めるために昼寝を・・・実は私は昼の時は特にクーラーをつけて寝るのが苦手で、クーラーを使わず、窓を全開にして、扇風機の風がほんの少し当たるようにしてお腹にタオルを乗せて横になって昼寝なのです。部屋の温度は昨日は32.5℃でしたが、ぐっすりと20分ほど眠れました。これくらいの昼寝の時間がベストですよね。
ということで、今日も植物園で撮影したもので失礼します。それが「フウセンカズラ(風船葛)・ムクロジ科 」です。
夏に緑がかった白色の小さな花を咲かせます。花自体はさほど目立ちませんがその後にできる紙風船のような形をした袋状の果実が可愛らしくユニークです。果実は径3cmほどで内側はホオズキのように空洞になっており、最初は明るいグリーンで熟すと茶色に変わります。ひとつの果実からタネが3つとれます。(いや、花も十分に可愛いです!)
果実が茶色く熟すと、黒地に白いハート模様の入った丸いタネが3粒得られます。タネの模様は猿の顔のようにも見え、愛嬌があります。種を見たい、撮影したいです(^_^)ニコニコ


フウセンカズラ-2(20170727).jpg フウセンカズラ-5(20170827).jpg フウセンカズラ-6(20170827).jpg フウセンカズラ-7(20170827).jpg フウセンカズラ-8(20170827).jpg

撮影:2017年8月27日 京都府立植物園にて



「今日は何の日」

30日(水) 先負 [旧暦七月九日]
【富士山測候所完成記念日】
1895年(明治28年)のこの日、気象研究家の野中至氏が富士山に私設観測小屋を完成させた。
ちなみに1964年9月に富士山頂に完成した富士山レーダーは、気象観測や台風の予報に効果を発揮。その後、気象観測技術の発達とともにその役割を気象衛星に引き継ぎ、1999年11月に観測業務の幕を閉じた。
nice!(10)  コメント(7) 

オオバミズオジギソウ [植物]

昨日(8/28)の暑さはひところの勢いがさすがに無くなってきたのかな?と!。夜と朝方は昨日の段階ですが完全に勢いがなくなりました。また、復活と言うことも当然あり得ますが・・・
そうそう、昨日の朝の電車には私立の小学生たちが夏休みが終わり登場です。休み明けの電車の中は小学生のテンションが久しぶりの友達と会ったことから高い、高すぎます。ワイワイといっていないでどんどんと電車に乗れ、乗ったら奥まで入れと、電車の発車が遅れます。午前の仕事を終えて11時過ぎに電車に乗るとまたまた同じ小学生と乗り合わせてしまいました。夏休み明けの初日だから午前中だったかと!やれやれでした。
さて、話題も無いことから先日取り上げた修理帰りの柱時計を取り上げてみます。
時計の傾きを何度も何度も調整しながらやっと何とか丸一日止まらずに動いております。何とか時計さんの気に入った角度になったのかも知れませんね。もうしばらくはこのまま様子見ということで・・・しかしながら、時報は無茶苦茶のままです、勝手に鳴ったり、鳴らなかったを繰り返しております。もう、ここは時計さんの好きにさせようかとも思っています。そのうちに欲が出るかも知れませんが(やはり時報も何とかとか!)・・・そんな柱時計さんのその後の様子でした。

さてさて、本日のタイトルの「オオバミズオジギソウ(大葉水お辞儀草)」はこれまた、京都府立植物園で見かけたものです。
南アフリカ原産の水生植物で、浮遊しながら、水面を這うように生育する多年草です。灰青色をした葉は、羽状複葉で互生します。ミズオジギソウに似ていますが花の形状が異なることから別属としてあつかわれるそうです。花はマメ科特有の形状をしており、黄色でよく目立ちます。
葉に触れるとオジギソウのようにゆっくりと閉じますと書かれていたので近くにいた女性の方と一緒に手を伸ばしてみました。
葉に触ってみましたが、動かないのではないかと思えましたが、大分遅れてゆっくりと閉じていきました。これには一緒に見ていた二人ずれのご婦人方も大喜びです。もう、動いた動いたと大騒ぎでした。そんな騒ぎを聞きつけて5,6人の方がのぞみ込み来ました。何か、みんなで盛り上がりました。

オオバミズオジギソウ-1(20170827).jpg オオバミズオジギソウ-2(20170827).jpg オオバミズオジギソウ-3(20170827).jpg オオバミズオジギソウ-4(20170827).jpg オオバミズオジギソウ-5(20170827).jpg

撮影:2017年7月18日 京都府立植物園にて


★おまけの一枚

昨日は日が良かったのかな、それとも前撮りかな?
植物園でこんな撮影風景を何組も見かけました。
結婚記念写真.jpg

はい、それだけのことですが・・・

「今日は何の日」
29日(火) 友引 [旧暦七月八日]
【文化財保護法施行記念日】
1950年(昭和25年)のこの日、国宝・重要文化財などを保護するための基本となる法律、文化財保護法が施行された。これを記念して1951年(昭和26年)に制定された。

【秋田県・県の記念日】
1871年(明治4年)の廃藩置県の際に、秋田、亀田、矢島、岩崎、本荘の5県と、鹿角郡をあわせて秋田県が設置された。この日を太陽暦であらわすと8月29日にあたるため、1965年(昭和40年)に秋田県が制定。

【全国ヤキニクの日】
1993年(平成5年)のこの日、「8(ヤキ)29(ニク)」の語呂合わせから全国焼肉協会によって制定された。
ところで、焼肉店でよく目にする無煙ロースターは、名古屋のメーカー「シンポ」が1980年に開発したもの。この発明によって服に煙の臭いがつきにくくなり、女性客も気軽に焼肉を楽しめるようになった。
nice!(8)  コメント(6) 

ゲンノショウコの花 [花(夏)]

昨日(8/27)は、何と涼しい朝を迎えました。涼しいというよりも暑さにうだっていた体には寒いくらいに感じました。い~やああ、突然のこの気温にはびっくりです。日中の気温は30℃超えでしたが、それでも湿度が低めだったこともあり、何とか窓を全開にして扇風機で過ごすことができました。こんな涼しい夜、朝を望むのはまだ早いのかな? でも期待してしまいます。

そんな昨日はまたまた午前中に植物園をウロウロとしてこんなかわいい花を見つけました。何の花かなと名板を見ると「ゲンノショウコ」と書かれていました。
あの生薬の胃腸薬「ゲンノショウコ」の花を初めて見ました。こんなに可愛い花だったのですね。
ゲンノショウコは「現の証拠」と書くそうです。
「(胃腸に)実際に効く証拠」を意味しているとのこと面白いですね。

ゲンノショウコ(現の証拠)
フウロソウ科の多年草。日本全土の山野や道端に普通に見られるものです。
ゲンノショウコはドクダミ、センブリなどと共に、日本の民間薬の代表格ですよね。江戸時代から民間薬として用いられるようになり、『本草綱目啓蒙』(1803年)にも取り上げられたそうです。現代の日本薬局方にも「ゲンノショウコ」としてありますよね。
有効成分はゲラニインなどのタンニン。根・茎・葉・花などを干し煎じて下痢止めや胃薬とし、また茶としても飲用します。飲み過ぎても便秘を引き起こしたりせず、優秀な整腸生薬であることから、イシャイラズ(医者いらず)、タチマチグサ(たちまち草)などの異名も持つとのことです。
ゲンノショウコ-1(20170827).jpg ゲンノショウコ-2(20170827).jpg ゲンノショウコ-3(20170827).jpg

ね!、可愛い花でしょ(^_^)ニコニコ
でも知らなかったのは私だけだったかも!


「今日は何の日」

28日(月) 先勝 [旧暦七月七日]
【バイオリンの日】
1880年(明治13年)のこの日、東京・深川の楽器職人、松永定次郎によって国産第1号のバイオリンが完成したことを記念して制定。
ちなみに巨匠アントニオ・ストラディバリの手による名器「ストラディバリウス」は約600艇が現存しているが、そのうち1本が2006年にオークションで約4億円で落札され、当時の楽器の最高金額を記録した。

【民放テレビスタートの日】
1953年(昭和28年)のこの日、日本テレビが民間放送として国内で初めてテレビ放送を開始した。翌日には後楽園球場から巨人-阪神戦を、翌年の2月19日には力道山の試合を初めて中継。
ちなみにNHKは、1953年2月1日にテレビ放送をすでに開始している。

【道元忌】
鎌倉中期の禅僧で日本における曹洞宗の開祖、道元の命日。享年53。
福井・越前に永平寺を開き、『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』の諸巻を著した。
nice!(10)  コメント(7) 

我が家の柱時計、何度目かの退院! [日記]

昨日(8/26)は、久しぶりの涼しさとまではいきませんでしたが、気温が下がりました。実は夜中まではもう暑くて暑くパジャマもぐっしょりの汗で濡れたような状態でした。本当に寝苦しい夜でした。そんな夜を過ごし朝の4時ごろに起きだし、作業をしていると、突然の強い風が吹き出し雨戸などをガタガタと鳴らし、木々を揺らし始めました、その後、これまた突然の強めの雨が降り出します。慌てて、窓を閉め回ります。その強い風も雨も短時間で止み、その後は急激に気温が下がりました。あ~これが前線が通過したということかと・・・天気予報でも朝方に前線が南下しますと言っていましたので!。完全に空気が入れ替わりましたね。こんなにはっきりとわかるものなのですね。い~やああ、見事な早変わりを見せてもらったという気分でした。

さてさて、今日のタイトルの「我が家の柱時計、何度目かの退院!」ですが、実は我が家の歴史を見てきた柱時計は新入りの柱時計がやってきたので、私が仕事をしている部屋に移りカチコチと時を刻んでいました。1週間ほど前にゼンマイを巻いていると、突然の大きな音でゼンマイが切れる音が聞こえました。もちろん、これで完全に時を刻むを止めてしまいました。どうしたものかと2,3日思案をしていました、このまま、飾りとしてしまうか、それとももう一度直すか?と!。
やはり、時計が時を刻まないただの飾りはかわいそうかな? 我が家が建った時(結婚のとき)にやってきた柱時計だしと悩んでいるときに、おばあちゃん(義母)から、誕生日のお祝いとして何か買ってとプレゼンをいただきました。そのお金を使って修理をしてもらうことにしました。いつもの時計屋さんにリュックに入れて持ち込み、時報は無理でも何とか動くようにしてほしいと!
その柱時計が直ったと一昨日に連絡をいただき、これまた35℃超えの猛暑日にまたまた、リュックを背負って受け取りに行ってきました。今回の修理は諭吉さんが1枚と小銭が必要でした。
やはり、ゼンマイが切れたようで部品を取り寄せていただきとりあえずは動くようになりました、しかし、時報の方は不安定で、鳴ったり鳴らなかったりとのことでした。それと、何とかやっと動いているというところもあるので時計の傾きで止まってしまうこともと!
そんなことで一昨日から昨日にかけて時計の止まらない傾きを調整を何度も繰り返します。糸を垂らして垂直(左右の傾き)の位置の印を柱に鉛筆で引き、柱時計の本体の前後の傾きは板をかませたり、厚紙の入れる枚数を変えながら止まらない位置を何度も何度も調整です。水平垂直がとれていればいいと言うことでは無さそうです。この柱時計の動きやすい癖もあるようなのでその癖も加味しながら何度も何度も、調整でした。何とか昨日のお昼近くになって安定して時を刻みかけたかな?と思っております。段々と、柱時計の許容範囲が狭くなり調整が大変になってきています。本当に手のかかるかわいいやつです(^_^)ニコニコ
まだまだ、しばらくは調整がかかりそうな気配です。

柱時計-1(20170825).jpg


柱時計-2(20170825).jpg


柱時計-3(20170825).jpg
これがゼンマイの切れたところ


柱時計-4(20170825).jpg
何かゼンマイが綺麗!
広がったゼンマイの大きさにびっくり


柱時計-5(20170825).jpg
何とか時報も復活してほしいと願っています



そうそう、時計屋さんの柱時計を受け取りながら世間話をしているときに、老後夫婦がやってきまして、「腕時計を洗濯してしまいました。」とお持ちになりました。時計屋のご主人が受け取り見ると時計の中に水がたっぷりと、ご主人が内部が錆びない前に分解修理をしないと! ただし7~8千円の費用が必要です。その金額で新しい腕時計が買えますがどうされますか?と。
どうされるのかとみていると、その老後夫婦は二人そろって思い出のある時計で大切にしていたのでと! ハイ、その言葉でどうするかは決定でしたね。物を大切にする光景を見て何やらこちらまでうれしくなりました。その腕時計もご夫婦と共にあったのでしょうね。何か熱いものを感じました。

追伸:そういえば昨年のおばちゃん(義母)からの誕生日のお祝いでは、懐中時計を買い換えました。2年続けて誕生日祝いが時計に化けました(^_^)ニコニコ
今朝は涼しい、い~やあああ、こんな感覚は何日にぶりかな!(^_^)ニコニコ




「今日は何の日」

27日(日) 赤口 [旧暦七月六日]
【益軒忌】
江戸時代の儒学者で『養生訓』で知られる貝原益軒の命日。享年84。
78歳のときに、それまで損軒と称していたのを益軒と変え、以降、大衆教訓書を書き始めた。

【日本に原子の火がともった日】
1957年(昭和32年)のこの日、午前2時23分に茨城県東海村に所在する日本原子力研究所の研究用原子炉(JRR-1)が臨界実験に成功。

【『男はつらいよ』の日】
1969年の今日、「寅さん」こと車寅次郎で知られる山田洋次監督の映画『男はつらいよ』シリーズの第1作が公開されたことに由来。
主演の渥美清の遺作となった1995年の『寅次郎紅の花』まで、全48作が制作された。
nice!(8)  コメント(7) 

宇宙いも? [植物]

昨日(8/25)の暑さも力の入ったものでした。一昨日に比べればまだ気温が低い、と言っても35℃の猛暑日だったようですが・・・そろそろ、本当に体力のカラータイマーのランプが赤く点滅を始めたのでは無いかと思いえます(ウルトラマンの胸のカラータイマーように!)。
夏ももうそろそろおとなしくして欲しいし、早く終わってほしいと願っています。そうそう、小学校の夏休みも終わりのところがあるようですね。
毎朝、地下鉄に乗るのですが、昨日は私私立の小学生たちが久しぶりに電車に乗り込んできました。その時に見た光景ですが、地下鉄の駅のホームまで男の子と女の子の兄弟を見送りに来たお母さんが必死で電車に乗り込んだ二人の子供に両手で大きく何度何度も手を振り続けていました。あれは、後で考えたら、久しぶりに通学する子供を心配してと言うよりも、子供たち二人に開放された喜びだったかも知れませんよね。お母さんとしては早く夏休みが終わり学校に行って欲しいと願っていたはずだろうし、その喜びが表現されていたのでしょうね。本当に笑顔でしたし!。
小学生の男の子、1ヵ月も家に居たら大変だったでしょうね。やれやれでしょうね(^_^)ニコニコ

さてさて、今日のタイトルの「宇宙いも」ですが、最初にこの名前を聞いた時に思ったのは、宇宙ステーションで育った種から育てたいもかな?と!。
本来は「カシュウイモ(何首烏芋)」と呼ばれるものです。
カシュウイモは、直径10cmを超すような巨大なイモが空中にぶら下がっている不思議な植物です。これは、正しくはイモではなく、巨大に発達したムカゴですが!。
東南アジアなどでは、普段はむかごを利用し、いもは飢饉の時の非常食としてのみ利用したとか。
そのムカゴの大きさは私の握りこぶしと同じくらいの大きさです。びっくりするくらいの大きさですよね。
最近は「エアーポテト」などとも呼ばれるそうです。高い位置に付くむかごをいもに見立てたネーミングとか、空に浮いているように見えるので宇宙いもなのでしょうね。
どんな味なのかな食べてみたい(^_^)ニコニコ

カシュウイモ-2(20170819).jpg カシュウイモ-3(20170819).jpg カシュウイモ-4(20170819).jpg カシュウイモ-5(20170819).jpg





「今日は何の日」

26日(土) 大安 [旧暦七月五日]
【人権宣言記念日】
1789年のこの日、フランスの国民会議が「人権および市民権の宣言」を採択した。

【シルマン・デー (ユースホステルの日)】
1909年(明治42年)のこの日、当時ドイツの小学校教師だったリヒャルト・シルマンが子供たちとの遠足中に大雨に遭い、小学校で一晩過ごす羽目になった。その時の経験から若者たちが経済的な旅をしやすいようにユースホステル運動をはじめた。

【許六忌】
芭門十哲の一人である俳人、彦根藩士の森川許六の命日。『韻塞』『風俗文選(本朝文選)』を記した。六芸に通じていることから許六と称され、書画なども残した。
nice!(6)  コメント(6) 

異常ではなく異様な暑さと感じた日に! [風景]

昨日(8/24)の暑さも力が入り過ぎの暑さでした。朝から27℃超えの熱帯夜でしたし、日中の暑さはもう半端ではありません。タイトルにあるように異常な暑さではなく、間違いなく表現すると「異様」ですね。これを残暑と言う言葉で片づけていいのだろうか?。
朝の仕事で出かけるときにいつも工事の交通整理をしている人と挨拶がてらお話をするのですが、この暑さは異常!もう倒れそうと真っ黒に日焼けした顔でお話しされます。アスファルトの日向の上での交通整理、それは体力を消耗するでしょうね。私には15分も持たないかも・・・暑さに慣れている彼らでも悲鳴ですから!。
そうそう、お昼近く家に戻るために最寄りの駅から戻る途中のガス管交換の工事の交通整理をされている人が何人かが休憩をしており、全員がアイスキャンデーを持って食べておられました。彼らも顔が日焼けで真っ黒でした。その時に聞こえた話では、「普段元気な〇〇さんが今日は休みとか、何やら暑さで体調を崩したとか?」と聞こえました。こうしたお仕事をされている方は高齢の方が多いので、この異常を通り越した異様な暑さはつらいでしょうね。
今日の京都の最高気温は37℃だったようです。その37℃は百葉箱の中の気温ですよね。日陰で高さ1mの気温ですよね。ということはアスファルトの道路の上は確実に40℃超えですよね。路面は45℃?超えですよね。ね、異常ではなく異様な暑さと感じてもおかしくはありませんよね。
天気予報では熱中症指数が危険で「今日は涼しい室内で」となっていましたので、おとなしく体力を温存しました。

昨日は安定したこんな青空が広がる一日に
青空(20170824).jpg


◇朝の仕事を終わっての帰りの植物園はこんな日陰ばかりを選んで歩きました。
木陰-1(20170824).jpg
木陰-2(20170824).jpg
この林の中は体感的には5℃以上低く感じました。
蚊さえいなければもっとゆっくりしたかったのですが!



すみませんこんな埋め草的なブログでm(_ _)m
それにしても残暑が厳しすぎます。
もちろん、今朝も熱帯夜でした!


「今日は何の日」

25日(金) 仏滅 [旧暦七月四日]
【ラーメン記念日】
1958年(昭和33年)のこの日、日清食品の創業者である安藤百福氏が開発した「チキンラーメン」を発売したことを記念して、日清食品が制定。
戦後の混雑する屋台の行列を見て、手軽に食べられるラーメンの開発を決心したという。

【ペスト菌発見の日】
1894年(明治27年)のこの日、北里柴三郎がペストが流行していた調査先の香港にてペスト菌を発見した。血清療法の発見でも知られる。生まれは熊本県阿蘇郡小国町北里。
nice!(5)  コメント(3) 

ヒョウタン(瓢箪) [植物]

昨日(8/23)も、暑い・暑い、蒸し暑いの連呼の一日に!。雷はゴロゴロとなるのですが、雨が殆んど落ちてて来ません。ほとんどというのは、何やら一瞬、それなりの雨が落ちてきたのですがでも、2,3分で終わりという超短時間の雨で、蒸し暑さが増しただけです。
この暑さで体力の限界が見えてきたので午後の散歩はまたまた中止でした。
ということで、何かブログ用の写真が無いかと探していて植物園で撮影した「ヒョウタン」を思い出しました。
これはヒョウタン、それともへちま???と撮影しながら思っていると運よく植物園の職員さんが通りかかりましたのでお聞きするとすべて「ヒョウタン」とのことでした。
ヒョウタンは、干瓢(かんぴょう)にするユウガオの変種です。日本には縄文時代に伝わり、古くから人々の生活に関わってきました。果実は苦みがあるので食用にはせず、乾燥させて容器や装飾品などに加工します。ヒョウタンというと、くびれた形を想像しがちですが、球形や首長の形、ヘビのように細長くなる形などいろいろあります。名前は定かではありませんが!
ヒョウタン-1(20170819).jpg ヒョウタン-2(20170814).jpg ヒョウタン-3(20170808).jpg ヒョウタン-4(20170814).jpg ヒョウタン-5(20170819).jpg ヒョウタン-6(20170814).jpg ヒョウタン-7(20170814).jpg


すみませんこんな埋め草的なブログでm(_ _)m
それにしても残暑が厳しすぎます。


「今日は何の日」

24日(木) 先負 [旧暦七月三日]
【ポンペイ最後の日】
西暦79年のこの日、イタリア南部のヴェスビアス火山が噴火した。大量の溶岩・火山灰が麓の町であるポンペイを直撃し、住民ら約2000人を含めて町ごと埋没してしまった。その後、この町の記憶は人々の記憶から忘れ去られてしまったが1748年に発見され、当時の姿が保存された形で現れた。

nice!(7)  コメント(7) 

夏咲きするアジサイ [花(夏)]

昨日(8/22)は、何とか猛暑日は免れたようでしたが、それでもほぼ猛暑の気温近くまでは上がりました(34℃だったようです)。気温よりも昨日は湿度の高さは超一級でしたね。蒸し暑さ爆発、大爆発です。もうブログで気温や湿度の高さを取り上げるのを止めようかと思っていますが、ネタが無いこともありますが、書かずにはいられません。本当にひどい蒸し暑さです。

さて今日の話題は、多くのアジサイの中でも最も遅く開花し、夏咲きするアジサイです。
それが、「ラセイタタマアジサイ(羅背板玉紫陽花)」です。

ラセイタタマアジサイは、アジサイ科の落葉樹です。タマアジサイの変種として分類されます。
和名は、葉の両面に剛毛があり、触れた感触が羅背板(布地の ラシャ)に似ているタマアジサイの意。因みにタマアジサイとは蕾の形状が球形であるからです。
7~9月頃、苞に包まれた球状の蕾を出し、やがて、開花します。
植物園のアジサイ園で見かけていつ咲くのかなと見守っていたアジサイです。
周りのアジサイが咲き終わり寂しくなったアジサイ園を再びにぎやかにさせてくれそうです。
そんなラセイタタマアジサイの撮影日誌です。


◇撮影:2017年7月25日
 こんな蕾を見つけてこれから咲くのかなと観察をすることに
ラセイタタマアジサイ-1(20170725).jpg ラセイタタマアジサイ-2(20170725).jpg


◇撮影:2017年8月17日
 この蕾の形状がタマのように見えることから「タマアジサイ」と
ラセイタタマアジサイ-3(20170817).jpg


◇撮影:2017年8月21日
 花が咲きかけてきました
ラセイタタマアジサイ-4(20170821).jpg


◇撮影:2017年8月22日
 咲き出すと、一気に開くという感じでした
ラセイタタマアジサイ-5(20170822).jpg ラセイタタマアジサイ-6(20170822).jpg



今日23日は、24節気のひとつ「処暑」です。暑かった季節もようやく収まる頃とされますが、まだまだ残暑は厳しそうです。
残りの体力をうまく使いながら何とか乗り越したいと思います、この夏を!



「今日は何の日」


23日(水) 友引 [旧暦七月二日]

【処暑】
24節気のひとつ。暑かった季節もようやく収まる頃とされるが、地方によってはまだ残暑が厳しい頃でもある。天文学的には太陽が黄経150度になったときのこと。

【一遍忌、遊行忌】
鎌倉時代の僧で時宗の開祖、一遍上人の命日。勧進帳念仏札を携えて全国をくまなく巡り、その勧進帳に名前を記した人は250万人以上にも及んだという。

【白虎隊の日】
1868年(明治元年)のこの日、戊辰戦争中、若年者で構成された会津藩の白虎隊が、守るべき鶴ヶ城が落城したものと思い、飯盛山で自刃した。
当時の会津藩の軍は年齢別に編成されており、方角の守護神である四神にちなんで構成年齢の高い軍から順に「玄武隊」「青龍隊」「朱雀隊」「白虎隊」と名付けられていた。

【吉野太夫忌】
京都六条三筋町「七人衆」の筆頭であり、夕霧太夫、高尾太夫とともに寛永三名妓のひとりに数えられた2代目吉野太夫の命日。享年38。浮世草子の作者、井原西鶴は『好色一代男』の中で「なき跡まで名を残せし太夫、前代未聞の遊女也」と絶賛した。
吉野太夫の墓がある京都・鷹ヶ峰の常照寺では、彼女を偲んで4月第3日曜日に花供養が行われる。

nice!(7)  コメント(4) 

稲の花 [花(夏)]

昨日(8/21)も本当に・本当に暑い一日でした。体力の余力がもうあまりないこの時期の暑さは本当に堪えます。もちろん、35℃超えの猛暑日です。アスファルトの路面から吹き上げる風が熱風です。我が家の二階は窓を風が吹き抜けるように2か所を全開、ドアも全開にしているのに温度計は35.4℃を表示していました。本当に無駄な暑さに思えます。
午後の散歩など命の危険を感じるほどです。
そんなとんでもない暑さなので気持ち涼しくなったかな? 本当には少しも涼しくはないのですが、自分に言い聞かせて今日のネタの撮影に近くの田んぼまで! お昼ごろに朝の仕事を終えて家に帰る途中で稲に花が咲いているのを見かけましたので、夕方4時過ぎに勇気を出して出かけてきました。
三脚を立てて道端に座り込みカメラを向けていると通る人が、何をしているのか?怪しそうな顔をして何人も通り過ぎます。興味深そうにそばに寄ってのぞき込んできた女子中学生には「こんにちは、稲の写真を撮ってます!」と!。良かった変なおっさんではないと少なくともこの子は思ったのだと思います。

そんな、稲の花の写真です。
これを撮影するだけで玉のような汗が地面にポタポタと落ちます。
稲の花-1(20170821).jpg 稲の花-2(20170821).jpg 稲の花-3(20170821).jpg 稲の花-4(20170821).jpg 稲の花-5(20170821).jpg 稲の花-6(20170821).jpg 稲の花-7(20170821).jpg


こんなところにも季節の移り変わり、秋への足音が聞こえてきたという次第です。



「今日は何の日」


22日(火) 先勝 [旧暦七月一日・朔]

【藤村忌】
『夜明け前』などで知られる自然主義の代表的作家、島崎藤村の命日。
享年71。彼が生まれた長野県の馬籠(まごめ)には「藤村記念館」があり、1955年に島崎藤村宅跡として県の史跡指定を受けている。
nice!(9)  コメント(7)